小説で視点がコロコロ変わる原因とは?混乱を招くポイントを構造から解説

創作ラボ
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小説を書いていて「視点がコロコロ変わって読みにくい」と感じたことはないだろうか。
一人称で書いているはずなのに、別の人物の内面が混ざってしまう。
三人称で書いているのに、「誰の視点かわからない」と言われる。
こうした悩みは初心者に限らず、ある程度書き慣れてきた段階でも起こりやすい。

しかし実際には「視点がコロコロ変わる」原因は、単純な視点変更の失敗だけとは限らない。多くの場合、視点そのものではなく、情報や構成の扱い方が、読者に混乱を与えている。

本記事ではまず、視点混乱が起きる全体構造を簡潔に整理し、その後で原因をタイプ別に深掘りしていく。

なお、小説における「視点」そのものの考え方や、種類・失敗例・構造的な整理については、以下の記事で総合的に解説しています。

なぜ「視点がコロコロ変わる」と感じるのか?

小説における視点とは「誰の知覚や認識を通して、世界を見せているか」という設計である。一人称・三人称といった形式にかかわらず、視点人物が――


  • どこまで見えるのか?
  • そう感じ取れるのか?
  • その情報にアクセスできるのか?

といった 情報の範囲 まで含まれる。

読者は文章を読むとき、無意識に「この情報は誰の目線で見えているのか」「誰が気づいているのか」を判断している。その判断材料が曖昧になると、読者は「視点が変わった」「視点が飛んだ」と感じてしまう。

重要なのは、ここで感じられる混乱の多くが、実際の視点変更ではない という点だ。

ポイントは、『視点は固定されているのに情報の出し方や区切りが不適切』というズレが、視点の混乱として知覚されているに他ならない。

つまり「視点がコロコロ変わる」原因は、視点・情報・構成の境界が曖昧になった結果 なのである。

原因をタイプ別に分解する

ここからは、「視点がコロコロ変わる」と感じられる原因を、より具体的に分類していく。特に多いのは、次の4タイプだ。

タイプ① 視点人物が分からなくなるケース

最も考えられる原因が、感情や思考が誰のものか分からなくなるケースである。

たとえば三人称で書いているとき――
『視点人物の行動直後に別の登場人物の感情や評価が説明として差し込まれる』
ケースである。

このような構成になると、読者は無意識に「視点が移動した」と感じる。

内面描写は、視点を強く意識させる要素だ。そのため、内面を書く以上、誰の内面なのかを常に明確にする必要がある

タイプ② 視点人物が知らない情報を出してしまうケース

次に考えられるのが、視点人物の認識を超えた情報が出てくるケースである。

たとえば、


  • 視点人物が見ていない場所の出来事
  • 他人の心情や意図を断定的に説明する文
  • 後から分かる事実を先に提示する説明

これらは作者にとっては「親切な補足」でも、読者には「視点が飛んだ」ように感じられる。これは視点変更ではなく、情報を出す位置と量の問題だと言える。

タイプ③ 場面転換が曖昧なケース

視点が変わったように見えるケースには、場面転換の設計不足という観点もある。以下のように――


  • 時間が変わった
  • 場所が変わった
  • 登場人物の配置が変わった

にもかかわらず、その切り替えが明示されていないと、読者は「誰の視点になったのか分からない」と感じる。

この場合、視点自体は変わっていないことも多い。構成上の区切りの弱さが、視点の揺れとして誤認されているのだ。

タイプ④ 視点変更と視点誘導が混在しているケース

最後は、視点変更と視点誘導が混在しているケースである。


  • 視点変更:視点人物そのものを切り替える
  • 視点誘導:同じ視点のまま、読者の注目点を動かす

この違いを整理せずに使うと、作者は「誘導しているつもり」でも、読者には「視点が変わった」と映ることがある。

特に、情景描写や説明が長く続いたあとに内面描写へ戻ると、視点が切り替わったように錯覚されやすい。

なお、以下の記事では上記の4タイプの例文検証を行っています。参考にどうぞ。

おわりに

「視点がコロコロ変わる」と感じられる原因の多くは、視点そのものではなく――


  • 内面描写のズレ
  • 情報のズレ
  • 場面転換のミス
  • 視点の使い方のズレ

にある。

視点を安定させるために必要なのは、「視点を変えないこと」ではない。何が読者に、誰の目線で見えているかを意識することである。

以上

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