小説における「行動描写」を、ただの動作説明にするにはもったいない。なぜなら行動にはキャラクターの心情や、物語の流れ、読者の没入感すら左右する力が秘められているからである。
たとえば「彼は立ち上がった」と「彼は、椅子の背に手をかけて、ゆっくりと立ち上がった」では、印象がまったく違う。前者は事実、後者は感情と空気まで含んでいるからに他ならない。
本記事では、小説における行動描写の役割と、具体的な工夫ポイントについて解説する。
初心者がよくやってしまう“説明っぽい動作”を避けながら、読者がキャラの動きを「見た」と思える描写に仕上げるコツとは?
あなたの物語が、行動描写で一段と輝くためのヒントをお届けしたい。
行動描写は「感情」と「情景」の橋渡し
キャラクターには、彼ら彼女らに置かれた環境(情景)があり、内面(感情)がある。そして、情景と感情はキャラクターの行動によって物語へと昇華していく。
本項では、行動描写を描くポイントをまとめておく。
なお、情景描写および感情表現について、以下の記事で詳しく取り上げているので、それぞれの描写のヒントにどうぞ。
行動描写は「意味」の運搬装置
小説における行動は、ただの動作説明ではない。キャラクターの動作には、感情、性格、関係性、物語の流れといった「意味」が必ず込められているはず。
たとえば、怒っている人物が「拳を握った」とき、その拳には怒りだけでなく、抑えている理性や迷いが含まれているかもしれない。
そのため、キャラクターの行動に気持ちや意味を持たせることで、血の通ったキャラクターになり、物語に躍動感が生まれる要素となりうる。
抽象的な動作は読者に届かない
「彼は動いた」「彼女は反応した」といった抽象的な表現は、読者に情景を想像させにくく、印象に残りづらい。そのため行動を描くなら、できるだけ「見える形」で伝えることが重要と言えるだろう。
たとえば「反応した」ではなく、「肩がわずかに揺れた」と書けば、その一挙動に感情や背景がにじむ。
このように、キャラクターが「どう思って」動いたのか、「反応」して何が変わったのか(何が動いたのか)などを含めると、より具体的に描写できると考えられる。
“動作だけ”は逆効果になることも
動作だけが連続すると、かえって“状況説明”になってしまい、小説のテンポや余韻を損ねかねない。(注:戦闘シーンなどのスピード感を描きたい時には有効とも言える)そこで大切なのは、行動の「前後」──つまり、行動を起こす理由(内面)と、行動の結果(外界の変化)まで描くことにあると考えられる。
これにより、読者はただの“動き”を、“意味ある変化”として受け取れるようになると期待できる。
「言う」のバリエーションで、行動描写を豊かに
小説で頻出する「言った」「話した」「叫んだ」などの表現は、単調になりやすく、行動描写の深みに影響を与えることもある。それは、「言う」は情報伝達の行動でありながら、感情や状況を最も繊細に映す動作のひとつでもあるからである。
以下に、感情や状況に応じた「言う」のバリエーションを紹介する。
感情・状況 | 表現例 |
---|---|
怒り | 叫ぶ 怒鳴る 吐き捨てる 睨みながら言う |
喜び | はしゃぐ 弾む声で言う 笑いながら言う |
悲しみ | つぶやく 震える声で言う 泣きながら言う |
不安・戸惑い | ためらいながら言う 口ごもる 視線を逸らして言う |
冷静・論理 | 淡々と告げる 静かに言い切る 首をかしげながら言う |
恋愛 | 囁く 冗談めかして言う 視線をそらしつつ言う |
威圧・権威 | 命じる 言い放つ 低く響く声で言う |
これらを「彼は言った」の代わりに置き換えるだけで、登場人物の感情・空気・立場を同時に描写することが可能になる。
また、セリフの直前・直後に「体の動き」や「視線」などを組み合わせると、さらに印象的になるとも言えるだろう。
例文で見てみる:会話文に行動描写を乗せて
本項では、会話文に着目して行動描写の例文を検証していきたい。まずは、会話文のみで構成された以下の例文を見ていただきたい。
例文①:会話文のみの構成 「鈴木!また遅刻か?」 「はい。すいません。田中先生」 「これで何回目だ?少しは反省しろ!」
上記は鈴木が遅刻をして、田中に叱られているシーンである。これだけでも状況は伝わるけれど、何だか味気なく感じなくもない。
そこで、次の例文では動作を入れてみようと思う。
例文②:会話文+行動描写
「鈴木!また遅刻か?」
「はい。すいません。田中先生」
鈴木が反応する。
「これで何回目だ?少しは反省しろ!」
田中がそう言うのだった。
上記は、例文①にキャラクターの動作を加えたものである。しかしながら、例文②では行動描写が“状況説明”になってしまい、冗長になっているのは否めない。
そこで、次の例文では具体的な動作を描いた行動描写に変えてみようと思う。
例文③:会話文+行動描写(より具体化)
「鈴木!また遅刻か?」
「はい。すいません。田中先生」
鈴木が頭を抱えながら言葉にする。
「これで何回目だ?少しは反省しろ!」
田中がそう言い放つのだった。
上記では、例文②における「反応する」および「言う」の描写を言い換えてみた。すると、鈴木の怯えている様子、田中の威嚇している様子が伝わるのではないだろうか。
このように行動描写において、動作だけを描くと蛇足になるケースがある。一方で『動作+意味 o r 感情』を加えると、キャラクター性が滲み出ると期待できる。
おわりに
今回は、小説における行動描写の一般論を考え、例文を用いて検証した。
行動描写には、動詞で示すだけではなく、「何が」、「どのように」動いたのかを示し、その意味を明確にすることが大切だと言えるだろう。
本記事を参考に、あなた(わたし)の物語が、行動描写で一段と輝くためのヒントとなれば幸いである。
以上