“音”は見えるもの以上に物事を語ることがある。これは、小説においても同じである。視覚が中心になりがちな文章の中で、“音”が与える空気感は、キャラクターの感情の揺れを伝えるための貴重な手がかりにもなる。
本記事では、小説内の“音“を捉えるために、2つの視点──理科的分類と音楽的分類──から整理し、例文を見ながら技法の検証を進めていきたい。
一般論①:音の種類と効果(理科的/音楽的分類)
小説における“音”は、「音がどこから来ているのか(理科的)」と「音がどう感じられるのか(音楽的)」の2つに分けて捉えると整理しやすい。
以下では、理科的な分類と音楽的な分類をまとめ、具体例や効果を述べていく。
理科的分類:音が“どこから来ているのか”
音を物語の中で扱う際、まず着目すべきは“その音がどこから発生しているか”という点である。これは理科的な観察に近く、自然現象・人間の身体・人工物など、発生源ごとに分類することで、場面に応じた音の活用がしやすいと考えられる。
種類 | 具体例 | 効果 |
---|---|---|
自然音 | 風、雨、雷など | ・時間、季節 ・静寂、不穏 |
生物音 | 犬の遠吠え、鳥の鳴き声、虫の音など | ・生活感、季節感 ・孤独、不安の提示 |
人工音 | 時計、電車、足音、台所の音など | 緊張、日常、現代性 |
身体音 | 呼吸、鼓動、ため息など | 感情、心理描写の補助 |
このように、音は“何が鳴っているか”を知ることで、“どう感じるか”という表現に繋がると考察できる。
つまり、音の発生源を意識しながら文章を書き進めると、同じ音でも描写の焦点が変わると言えるだろう。
音楽的分類:音が“どう感じられるか”
音には人の感情を揺さぶる要素――音楽的な要素も含まれている。そのため、文章においても、音を“どのようにあらわすか”によって感情や空気感を操作できると言えるかもしれない。
音楽的な視点から分類すると、以下のようにまとめられる。
種類 | 具体例 | 効果 |
---|---|---|
音程(高音/低音) | ・甲高い笑い声 ・低く響く足音 | 高音:力強さ・明るさ 低音:安定・不穏など |
音量(強/弱/無音) | 叫び声、小声、沈黙、爆音、突発音 | ・感情の強度や空白 ・緩急を表現 |
音色(質感) | 乾いた音、濡れた音、、金属音など | ・場の空気感 ・心象風景の描写 |
和音/不協和音 | 生活音の調和、ぶつかる音 | ・関係性の暗示 ・空気の違和感 |
リズム/反復音 | 雨音、時計の音、足音、タイピング | ・時間経過 ・孤独、焦りの強調 |
このように、音の「高さ・大きさ・質感・重なり・リズム」――これらを意識すると、音はただの背景ではなく、感情を揺らす装置ともなり得るのである。
つまり、小説における音の表現は、言葉にならない感情や場の空気感を表すのに最適な表現だと考えられる。
例文で見る音の表現
筆者は音の表現について、以下のように考えている。
- 理科的な表現:キャラクターの感情と、場の状況を表す演出
- 音楽的な表現:キャラクターの感情と、場の臨場感を与える演出
上記では、共通していることはキャラクターの感情であり、場の状況を表すか、臨場感を与えるかに違いがあるとも言い換えられる。
以下では、上記の2つの表現を例文を用いながら検証していきたい。
例文で見る音の表現①:理科的な表現
まずは、以下の例文を見ていただきたい。
例文①-1:音の表現が無い場合
雨が降ってきた。剛は車道に面する道で自転車を加速させる。ふと脇道に目を向けると犬が吠えている。その瞬間、雷とともに雨が強くなってきた。そして、剛は服を盛大に濡らして、やるせない気持ちになった。
例文①-1では、事実の羅列の後に主人公の気持ちが添えられる文章となっている。これだけでも十分に伝わるが、やや単調に見えなくもない。
そこで、以下の例文を見ていただきたい。
例文①-2:音の表現を加えた場合
雨音が聞こえてくる。剛はとなりのエンジン音と呼応して、自転車を加速させる。
犬の鳴き声が聞こえた。その瞬間、地響きのような雷とともに雨音のリズムが加速する。そして、剛は服を盛大に濡らしながら、大きめのため息をついた。
例文①-2では、例文①-1に音の表現を加えたものである。具体的に見ていくと、雨音(自然音)により不穏な空気を醸しだし、エンジン音(人口音)により大まかな場所を表していることがわかる。また、犬の鳴き声で不安を、地響きとリズムの加速でさらに不穏な空気が増し、剛のため息(感情)へと繋がっている。
このように、理科的な音を随所に加えることにより、主人公の感情や場の状況なども表現できると考えられる。
例文で見る音の表現②:音楽的な表現
では、音楽的な表現はどのようになるだろうか。以下の例文は前項と同じく、音の表現が無い場合と、音楽的な表現を加えた場合を書いている。
例文②-1:音の表現が無い場合
剛は自転車から降りて、家電量販店の扉を潜る。中は店員がにぎわいを演出しているように見える。すると警報が鳴った。剛が目を向けると、警備員が誰かと話している。誰もがその様子を見守り、店内は冷ややかな空気に包まれた。
例文②-2:音楽的な表現を加えた場合
自転車から降りた剛は、低い音を響かせながら家電量販店の扉を潜る。中は店員の甲高い声が響き、にぎわいを演出している。すると警報が大音量で鳴り響く。
剛は音の方に目を向けると、警備員が乾いた声で誰かと話している。それは、まるで不協和音。時計の音が聞こえる程にゆっくりと、それでいて冷ややかな空気が店内に流れていた。
例文②-1は、前項(理科的な表現の項)と同じく、物事の羅列になりつつも十分に状況が伝わることがわかる。
しかしながら、例文②-2のように剛が低い音で歩き、店員が甲高い声をあげることで、剛の重たい感情と店内の明るい様子が伝わってくるのではないだろうか。
また、警報が大音量で鳴り、警備員が乾いた声で話すことで場の静けさが、さらに時計の音により緊張感が伝わるとも予想される。
このように、出来事に音楽的な表現を加えると、キャラクターの感情とともに場の臨場感を与えられると言えるだろう。
おわりに
今回は小説における音の描写と題して、音を理科的および音楽的に分類しながら、例文をもって検証した。音の表現はキャラクターの感情表現に加えて、以下の要素があると考えられる。
- 理科的な表現:場の状況を表す演出
- 音楽的な表現:場に臨場感を与える演出
このように文章や物語は、音の表現による装飾や演出を加えると、空間やキャラクターがより魅力的に映ると言い換えられるかもしれない。
では、最後に一言。
「あなたはどんな音が好きですか?」
好きな音、嫌いな音を表現していくと、きっとあなたらしい表現になるかもしれない。
以上