距離はどうして物語を生むのか?

読書ラボ
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物語における『距離』。それは色々なところで垣間見ることができる。例えば、キャラクター同士の距離もしかり、物語の舞台の距離感もしかり。しかしながら、何ともあいまいで、何とも読み解きにくく、何とも言語化しにくいのも事実である。

では、物語における距離とは何か?

『距離』が何かと問われれば、思わず長さや高さと答えてしまいたくなる。確かに、そんな物理的な距離も重要だが、物語においては距離は、もっと抽象的で、どこか掴みにくい。

そこで考えてみた、物語における距離には何があるかを。

  • キャラクターの移動『距離』
  • キャラクター同士の心の『距離』
  • キャラクターが抱える理想との『距離』

こんなところだろうか?上記を並べてみて共通していることは、キャラクターが主体であるということかもしれない。そして、キャラクターがそれぞれの『距離』を変えることにこそ、物語があるということもあるかもしれない。

例えば、どこかの誰かが宝島に向かって旅を始めれば、どこかの誰かが恋を始めたら、そこに物語が生まれてくるとも言えるだろう。ただ、すぐに到達できたら、面白くも何ともない。

では、読者は何を持って楽しく、または興味深く読書をするのか?

ある物語を読んでいて、『どうやって敵を倒すのかなぁ』、『どうやって謎を解き明かすのかなぁ』、あるいは『どうやって親密になっていくのかなぁ』という風に思ったこともあるかもしれない。

それは読書をしながら、キャラクターがある『距離』を縮めていく(もしくは離れていく)ところを、それこそキャラクターと共に追体験しているに他ならない。

つまりは、どんな物語でもキャラクターが抱える何かしらの『距離』に共感できれば、誰かの心にざわめかせて、誰かの心を動かして、誰かの思い出になるのではないだろうか。

こんな風に、物語が動いているのではなく、距離がゆっくりと動いているだけなのかもしれない。

以上

もし「距離」という感覚が、どこか心に残っているなら――
その距離をめぐる物語として、『観察者は語らない』があります。

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