小説が難しいと感じる理由とは?“難しさ”の正体を考えてみる

物語ラボ
この記事は約4分で読めます。

小説を読んでいて、「なんだか難しい」と感じたことはないだろうか。
文章の意味はわかるはずなのに、内容が頭に入ってこなかったり、登場人物の考えや物語の流れがつかみにくかったりすることもある。

読書に慣れている人にとっては当たり前のことでも、小説にあまり触れてこなかった人にとっては、「難しい」という感覚そのものが壁になってしまうこともあるだろう。

もしかすると、自分には小説を読む力が足りないのではないか、と感じてしまう人もいるかもしれない。

しかし、小説が難しいと感じる理由は、必ずしも読者の問題だけではない。
むしろ、小説という表現形式そのものに理由がある場合も多い。

今回は「小説が難しい」と感じる理由について、よく言われている通説を整理してみたい。

小説が難しい理由(よく言われる通説)

小説が難しいと感じる理由として、一般的にはいくつかの要因が挙げられている。

  1. 文章量が多く情報が圧縮されていること
    小説は映像や音声に頼らず、すべてを文章で表現する。そのため、一文の中に多くの情報が含まれていることもあり、読み慣れていないと理解に時間がかかることがある。
  2. 登場人物や関係性を自分で整理する必要があること
    小説では人物紹介が簡潔であることも多く、誰がどのような立場なのかを読者自身が把握しながら読み進める必要がある。その過程で混乱し、「難しい」と感じてしまうこともある。
  3. 情景や心情を想像しながら読む必要があること
    小説は文章だけで構成されているため、登場人物の動きや感情、場面の雰囲気などを頭の中で補う必要がある。この想像の作業に慣れていないと、内容がつかみにくく感じられることがある。
  4. 表現が抽象的であること
    比喩や言い回し、余白のある表現などが多く使われるため、言葉の意味をそのまま受け取るだけでは理解しきれない場合もある。そのため、「何を言っているのかわからない」と感じてしまうこともある。

このように、小説が難しいと感じる理由には、文章表現や情報量、想像力など、さまざまな要因が関係していると考えられている。

小説は難しいという言葉に惑わされずに――

「難しいと思うから、難しいんだ!」
なんて、そんな安直なことを言ってはいけない。
そんなことは、すでに知っているのだから。

そんな叫び声が聞こえてきそうである。もとより、これは私の叫びそのものに他ならない。

通説を眺めてみると――

通説で書かれている4項目をざっと眺めて気が付くことがある。
それは――
すべての項目が能動的だということである。

考えみて欲しい。

たとえば、字幕のない外国語の映画を観る時ならだろう。おそらくは、知らない外国語なら聞き取って、理解するという行為が挟まれるに違いない。だからこそ、字幕が必要だし、(私の場合は)できれば吹き替えの方がありがたい。

小説も同じ。まず能動的に理解する行為が少なからず存在する。それこそが、難しいと感じる所以なのである。

しかし、考え方を変えると――

能動的な行為も楽しめれば、難しいとは感じないかもしれない。たとえばスポーツをしたり、音楽を奏でたりする行為も能動的である。でも好きであれば楽しいし、気付けば能動的になっていることもあるだろう。

これも小説と同じ。好きな物語なら、多少難しく感じても読み進めてしまうのではないだろうか?

つまりは、物語が好きだと思えるのなら――
難しいという言葉を脇に置いても良いのではないか?
そんなに敬遠しなくても良いのではないか?
と、思えるようになってきた。

「難しいと思うから、難しいんだ!」
という言葉に惑わされずに、一度手に取って眺めてみるのも一つの方法なのかもしれない。


【著者ノート】
この記事では小説の難しさについて書きました。
でも能動的だからこそ、気づけば忘れている瞬間も確かにあります。

そんな静かな思考の断片はこちらに置いておきます。

まとめ

今回は、小説が難しく感じる理由を通説と考察でまとめた。

いろいろな世界観を体験したい。
たくさんの物語に浸りたい。

と思うなら、小説を読んでみるのも悪くはない。
私はいつからかそう思うようになっていたが、
皆さんもどうだろう?

今一度、手を伸ばしてみてはいかがだろうか。

以上


小説が難しいと感じるときは、
面白さを感じにくくなっていることもあります。

タイトルとURLをコピーしました