誰かの幸福を見て、胸の奥が重くなる瞬間がある。それを「嫉妬」と呼ぶことは知っていても、その感情をどう言葉にすればよいか、迷う人は少なくない。
嫉妬は、羨望とも怒りとも違う。他者の持つものを欲しいという欲求と、それを持てない自分への不満が絡み合った、複雑な感情である。だからこそ、一語で言い切ることが難しく、表現の選択によって意味合いが大きく変わる。
この記事では、嫉妬にまつわる日本語表現を整理し、その使い分けと言葉が持つニュアンスを確認していく。
嫉妬の表現(通説)
嫉妬は、一般的に「他者が持つものを自分も欲しいと思う感情」として説明される。心理学的には、自分が価値を置くものを他者が保有しているときに生じる感情とされており、羨望(envy)と嫉妬(jealousy)は区別されることも多い。羨望は「他者の持つものへの欲求」であり、嫉妬はそこに「自分が失う恐れ」が加わったものとされる。ただし、日常語ではこの区別は曖昧に使われることが多い。
嫉妬の中にある感情(羨む、妬む、嫉む)
日本語には、嫉妬に近い感情を表す語がいくつか存在し、それぞれ微妙に異なるニュアンスを持つ。
- 羨む(うらやむ)
他者の境遇や所有するものを望ましいと感じる感情を指し、比較的穏やかな欲求として用いられることが多い。
小説では、自分にないものへの静かな眼差しを描く場面に馴染みやすく、憧れに近い感情として機能することもある。 - 妬む(ねたむ)
他者の幸福や成功を快く思わない感情であり、羨む以上に苦々しさや不満の色が濃い。
自分と相手を比較し、その差異に苦しむ心理を描くとき、妬むという語は感情の鋭さをそのまま文字に宿らせる。 - 嫉む(そねむ)
3語の中でも最も古風な響きを持ち、ひそかに相手を憎む、執念深い感情のニュアンスが強い。現代小説ではやや硬い印象を与えることもあるが、内面の昏さや屈折を強調したい場面では有効に働く。
3語の違いは微妙であり、文脈や描写の強度によって使い分けの判断が変わる。次項では、同じ場面を3通りの語で描いた例文を通して、その違いを確かめていく。
嫉妬の表現(例文)
まず以下の設定を見ていただきたい。
主人公(女性)が街で彼氏と歩いている友人を目撃した。
以下は、その時の主人公の気持ちを描いたものである。では、例文を通して『羨む』『妬む』『嫉む』の違いを見ていこう。
羨んだなら
例文①:羨みの表現
私は、背の高い彼氏(だと思われる人物)と歩く友人とすれ違って、
――なんてお似合いなんだろう。
と、立ち止まって見つめていた。自分に気づきもしない二人を見てもなお、街がひと際、輝いて見えていた。
例文①では、私(主人公)の気持ちが晴れやかになっていることがわかる。これは、友人とその彼氏を見たことで、心が明るく変化した――つまり羨んだ、と言えるだろう。
妬んだなら
例文②:妬みの表現
私は、背の高い彼氏(だと思われる人物)と歩く友人とすれ違って、
――なんで、あの子だけ彼氏が……。
と思いながら、唇を噛んでいた。自分に気づきもしない二人を見ていると、まるで街に一人で佇んでいるような気さえした。
例文②では、私(主人公)の気持ちが内向きになっていることがわかる。そして、相手と自分を比較して、より暗い気持ちへと変化している様子が垣間見える。
嫉んだなら
例文③:嫉みの表現
私は、背の高い彼氏(だと思われる人物)と歩く友人とすれ違って、
――なんで、あの子だけ彼氏が……。
と思いながら、片頬を震わせていた。自分に気づきもしない二人を見ていると、街がどろっとした空気に包まれ、気づけば彼女らを追っていた。
例文③では、私(主人公)の気持ちが明らかに相手に強く向き、明らかに負の感情へと変化していることがわかる。さらには、行動で示すことにより、より執念深い描写へと転化している。
このように、嫉妬を表現するに当たって、主人公がある出来事に遭遇して、どのような変化が起こり、どのような感情や行動へとつながったのかを考えるとわかりやすいと言えるだろう。
嫉妬という感情を、筆者自身が掘り下げて、考えてみたエッセイをここに置いておきます。
まとめ
今回は嫉妬の表現と題して、通説と例文で表現方法を確認した。
嫉妬という一言には、さまざまな感情が含まれる。つまり、小説であれば登場人物へ、日常生活であれば自分自身へと思いを馳せると、出来事に対する感情が鮮明にわかる。
では一言。
「あなたは、どんな出来事に嫉妬しますか?」
その答えこそが、あなたの深層に深く関わっているのかもしれない。
以上
嫉妬は時に毒ともなる。
そんな気持ちを描いた詩を、ここに置いておきます。


