主人公よりも悪役の方が好きだ。
という読者も多いかもしれない。思い返してみれば、私もその一人に挙げられる。
しかし、どんな悪役も好きというわけではない。
中には、嫌悪感が強く、二度と見たくないような悪役も、確かに存在する。
では、そんな悪役たちの境界線はどこにあるのだろうか?
今回は、悪役になぜ魅かれるのかという命題を考えていきたい。
悪役について考えてみる
悪役に魅かれる理由を紐解く前に、悪役について掘り下げてみよう。本項では、筆者が考える悪役の種類と役割について整理していく。
悪役の種類
悪役の種類を考える際に、重要となるのは人物としての思想があるか否かだと考えられる。
- 純粋型:思想がない悪役
思想がなく、本能のままに私利私欲や快楽のために他者を害する存在。敵対する意味がわかりやすく、描き方によっては単純な恐怖の対象へと昇華できる。 - 信念型:思想がある悪役
秩序や正義、理想のためにさまざまな行為を正当化する存在。彼らは一貫した論理を持つため、物語の上では主人公の敵として描かれるが、必ずしも読者にとっての悪役とは限らない。
上記の分類では、物語上での行動に理由があるか否かという見方もできる。たとえば、何かを殴るという行為であったとしても、純粋型なら『殴りたかったから』『壊したかったから』というシンプルな理由に帰結し、自分が不快になるまで後悔すらしないと考えられる。
一方で、信念型の場合は『殴る』行為にも動機があり、心情にもとづく理由が存在する。また、突発的な行動であったとしても、後悔する様子が目に浮かぶ。
つまり、悪役の種類には『思想』の有無、『理由』の深度、『後悔』の種類で見ることができる。
悪役の役割
物語における悪役の役割は、単なる「倒される存在」にとどまらない。
- 物語を動かす原動力
物語で主人公が行動を起こす理由には必ず悪役が存在する。特に物語を動かすための悪役は敵役だけにはとどまらず、ライバルの他、主人公の内面、困難な出来事なども挙げられる。
つまり、このケースの悪役は主人公の困難として登場していると推察される。 - 物語の鏡としての存在
物語の悪役には主人公や世界観を写し出すための鏡という側面もある。たとえば、愛なのか、金なのかという身近で答えのない問いから、便利さを追求するのか、自然を大切にするのかという大きな問いに至るまで、さまざまなモノがあるかもしれない。
重要なのは、悪役は主人公が持つ主義や世界観と遠いところに位置しているという点である。そのため、悪役の存在がはっきりしているほど、主人公の立ち位置がより鮮明になるとも言えるかもしれない。
悪役になぜ魅かれるのか?
悪役の種類と役割を見ていくと、一つ気が付いたことがあった。それは――
悪役は主人公の種類や役割と同じではないか?
ということである。
たとえば、悪役の種類『純粋型』における『殴りたかったから』『壊したかったから』という理由を『勝ちたかったから』『強くなりたかったから』とすればどうだろうか?
こうすると、そのまま主人公に置き換えることもできると考えられる。
また、信念型に至っては、主人公と対立しているので悪役と呼ばれているが、悪役を主人公とすると、そのまま元の主人公が悪役となり得るのだ。この考え方は役割にも言え、主人公と悪役の視点を反転するだけで、入れ替わることもできるだろう。
つまり物語においての悪役は、すでに主人公と同格だからこそ、悪役の行動原理を自分ごととして読め、共感や魅力につながるのかもしれない。
共感と嫌悪の境界線
しかし悪役の中にも、やはり共感と嫌悪がくっきり分かれるポイントがある。それは――
行動の描写である。
残虐な性格、陰湿な性格など嫌悪を覚えることがらはいくつもあるだろう。しかし、作中で意図的にそのような描写が書かれていなかったらどうだろうか?
たとえば、世界一の盗賊や悪徳な金融会社など、一見悪役に見えそうな設定だとしても、人を助けているシーンや、人情に溢れているシーンだけが抽出されていれば、嫌悪感ではなく、共感の方に傾くだろう。よくよく考えれば、物語で描かれていないシーンでは、泣いている人もいれば、苦しめられている人もいるはずなのにである。
つまり、悪役の共感と嫌悪の境界線は、物語の上での描かれ方がすべてであると言えるかもしれない。
まとめ
今回は、悪役に魅かれる理由を筆者なりに掘り下げてみた。
悪役は主人公と同格の性質を持ち、描かれ方で共感と嫌悪が分かれる。
というのが筆者の結論である。
みなさんにとっての悪役は、どんな役柄だろうか?
その役柄こそが、あなたの裏の顔なのかもしれない。
以上
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